商圏人口はどう計算されているのか — メッシュと面積按分の仕組み
「この店の半径1km圏の人口」を2つのツールで調べたら、数字が違った——商圏分析を始めた方が最初に戸惑うのがこの場面です。同じ場所、同じ半径なのに、なぜ答えが揃わないのか。稟議に出す資料としてどちらを信じればいいのか。
結論からいうと、商圏人口は「円の中の人を数えた値」ではなく「区画ごとの人口を配分し直した推計値」です。配分のやり方に選択肢があるため、条件が同じでも数字は一致しません。この記事では、その計算の中身を分解して、差がどこから生まれるのかを整理します。
前提:人口データは「円」では配られていない
国勢調査の人口は、住所や座標の一覧としては公開されていません。プライバシー保護のため、必ず何らかの区画にまとめた合計値として公表されます。商圏分析で使われる区画は、大きく2種類です。
| 区画 | かたち | 特徴 |
|---|---|---|
| メッシュ(地域メッシュ統計) | 緯度経度で区切った正方形に近い形 | 全国どこでも同じ大きさ。行政区画の変更に影響されず、市境をまたいだ集計がしやすい |
| 小地域(町丁・字等) | 行政区画そのもの(不定形) | 面積も形もばらばらだが、実際の街の単位に近い。都市部では細かく、郊外では非常に大きい |
メッシュのほうは、総務省統計局の標準地域メッシュという体系で階層的に定義されています。第1次地域区画(緯度40分・経度1度間隔)が約80km四方で、これを分割して第2次地域区画が約10km四方、第3次地域区画(基準地域メッシュ)が約1km四方。さらに分割地域メッシュとして、2分の1地域メッシュが約500m四方、4分の1地域メッシュが約250m四方と細かくなっていきます。根拠は昭和48年7月12日の行政管理庁告示第143号にもとづくJIS標準地域メッシュです。
メッシュコードはこの階層をそのまま桁で表していて、上位区画のコードに下位の分割を示す数字を足していく構造になっています。手元のデータがどの粒度かは、コードの桁数を見れば判別できます。
本題:円と区画が重なったとき、どう配分するか
商圏は円、データは区画。この2つは形が違うので、必ず円の縁で区画が切れます。半径1kmの円に500mメッシュを重ねれば、完全に円の中に入るメッシュもあれば、4分の1だけ重なるメッシュも出てきます。この「はみ出した区画」をどう扱うかで、代表的な方法が分かれます。
方法1: 重心法(区画の中心が円の中に入っているかで判定)
区画の中心点が円の内側なら人口を全部数え、外側なら全部捨てる、という割り切った方法です。計算が軽く実装も簡単ですが、区画が大きいほど誤差が出ます。1kmメッシュを半径500mの円に使うと、拾うか捨てるかの判定が数千人単位で結果を動かすことがあります。
方法2: 面積按分(重なった面積の比率で人口を配る)
商圏分析で一般的なのがこちらです。ある区画の面積のうち40%が円と重なっているなら、その区画の人口の40%を商圏人口に算入します。これを重なるすべての区画について足し上げたものが商圏人口です。
ここで重要なのは、この方法が置いている仮定です。面積の比率で人口を配るということは、「その区画の中では人口が均等に分布している」と仮定していることになります。実際にはそんなことはありません。区画の半分が河川敷や山林で、住宅は残り半分に集中している、という場所はいくらでもあります。面積按分の誤差は、ほぼこの仮定のずれから生まれます。
同じ半径でも数字が変わる4つの要因
以上を踏まえると、ツール間で数字が食い違う理由は次のように整理できます。
| 要因 | 何が変わるか |
|---|---|
| 区画の粒度 | 1kmメッシュか、500mメッシュか、町丁目か。粒度が粗いほど、円の縁での取りこぼし・拾いすぎが大きくなる |
| 配分の方法 | 重心法か面積按分か。重心法は区画が大きいほど振れ幅が大きい |
| 元データの年次と種類 | 2020年国勢調査の実測値か、その後の推計値か、将来推計人口か。同じ「人口」でも別物 |
| 円の描き方 | 緯度経度のまま半径を測ると、日本付近では経度1度と緯度1度の実距離が違うため円が歪む。投影座標系(UTMなど)に変換してから距離を測ると、この歪みを避けられる |
どれも「一方が間違っている」という性質のものではなく、計算の前提が違うだけです。資料に載せるときは数字だけでなく、粒度・出典・年次を添えておくと、後から検証されたときに説明がつきます。
タスデータでの実装(算出ロジックの開示)
参考までに、当サービスがどう計算しているかを書いておきます。
- 粒度:小地域(町丁目)の国勢調査実測値を優先し、小地域のデータが無い地点では500mメッシュへ自動的にフォールバックします。500mメッシュのマスタは全国で約46万区画です
- 配分:面積按分。町丁目に飛び地がある場合は、同一の区画コードに属する面積の合計を分母として按分します
- 距離:緯度経度のままではなくUTM座標系に変換してから半径の円を描いています
- 検算:マスタ構築時に全国合計を国勢調査の公表値と突き合わせています。人口の全国計126,146,099人、一般世帯計55,658,627世帯で2020年国勢調査の全国値と一致することを確認済みです
- 表示:レポート上では項目ごとに出典と粒度を明記し、実測値(国勢調査)と推計値(将来推計人口)を分けて表示します
元データの利用条件についても触れておくと、e-Statのコンテンツは出典を明記すれば商用利用が可能で、CC BY 4.0と互換の利用ルールが示されています。編集・加工して使う場合は、出典表示とは別に加工した旨を明記し、国が作成したかのような態様で公表しないことが条件です。
住所を1つ入れると、その商圏の人口・世帯数・年齢構成が無料で確認できます。
登録不要。項目ごとに出典と粒度を明記しているので、そのまま資料の根拠にできます。
数字の受け取り方として
商圏人口は推計値です。小数点以下まで意味のある数字ではなく、候補地どうしを同じ物差しで比べるための値と捉えるほうが実態に合っています。「A地点2.4万人・B地点1.1万人」という差は判断材料になりますが、「2.41万人か2.38万人か」の差を追う意味は薄い、ということです。
逆に言えば、比較に使うなら同じツール・同じ粒度・同じ年次で揃えることが前提になります。候補地ごとに別のツールで調べた数字を並べると、立地の差ではなく計算方法の差を比べてしまうことになりかねません。